梅ジャムが終了!昭和の駄菓子が消える!製造者は誰?作り方や会社の場所や後継者は?

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こんにちは。ケチャンです。

昭和生まれのアラフォー世代である

私ケチャンにとっては悲しいニュースです。

子供の頃に駄菓子屋で食べた懐かしい味

「梅ジャム」

甘酸っぱい味で、そのまま食べるのはもちろん。

薄いせんべいについて食べるのまた一味

違って、とても美味しかったです。

今回はそんな梅ジャムの終了理由や製造会社の

場所。後継者の存在について調べてみました。

  もくじ

1.梅ジャムの歴史や終了理由や製造者は?

2.梅ジャムの作り方や製造会社や後継者の存在について

1.梅ジャムの歴史や終了理由や製造者は?

出典元:http://news-act.com/archives/48715447.html

梅ジャムは東京都荒川区にある「梅の花本舗」

さんで昭和の中期から作られてきました。

製造者は「梅の花本舗」の社長の高林博文さん

出典元:https://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=002269

高林さんは戦時中の15歳頃、東京から富山

に疎開されていたそうです。

やがて戦争が終わり、焼野原だった

東京に戻ってきた高林さんは食べるために

自転車で千葉県浦安までイワシを買いに行き、

木製のみかん箱の上でそのイワシを売った

そうです。

しかし、営業許可証もない高林さんに対し、

テキヤが因縁をふっかけてきて、殴られ

蹴られ、イワシもその場に散乱したそうです。

泣く泣く帰宅した高林さんは親御さんに

理由を聞かれたそうですが、

心配かけたくないと、黙っていたそうです。

やがて紙芝居屋さんが増えてくる時代になり。

紙芝居屋で売られていた、薄いせんべいにソースを

つけて食べる物のソースの代わりに何かないか?

と考え、当時格安で手に貼った「梅のくず」

を仕入れ、それに砂糖や小麦粉を混ぜて煮詰めた

ものを作り、それを紙芝居で食べるせんべいに

つけたり、そのまま食べる物として販売し大ヒット!

この時高林さんは16歳。

これが梅ジャムの誕生だそうです。

梅ジャムは

昭和20年代は紙芝居屋、

昭和30年代は駄菓子屋、

昭和40年代は縁日のお菓子として

広く親しまれたそうですね。

私ケチャンは駄菓子屋でしかみたことが

なかったのですが、縁日でも売られて

いたかも‥‥遠い記憶です(笑)

【製造終了の理由】

梅ジャムは前述のとおり、梅の花本舗の

高林博文社長が、約70年間も手作りで

たった一人、作ってきたそうなのですが、

現在87歳だそうで、もう体力的にも製造が

しんどい、という状態だそうで、これが梅ジャム

製造終了の理由だそうですね。

こればかりはもうしょうがないですよね。

ずっとお一人で作られてきたことに感服

しますm(__)m

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2.梅ジャムの作り方や製造会社や後継者の存在について

梅の花本舗の住所や地図を調べてみました

こちらです。

【梅の花本舗】

〒116-0012 東京都荒川区東尾久1丁目3−11

【地図】

東京の下町で長い間細々と梅ジャム一筋に

作られてきたんですね。

【高林博文社長の梅ジャムの作り方】

<レシピ>

①大きな釜に梅肉、砂糖、小麦粉、食塩、

小麦のでんぷん、酸味料や香料を加えて

1釜(約80㎏)を煮詰める。

②それらをタルに移して冷ます。

③冷ました梅ジャムを「自動充てん機」

と呼ばれる機械に入れて、セットすると

あとは自動で袋詰めしてくれるそうです。

大釜に材料を投入

煮詰めて冷ました梅ジャム

出典元:https://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=002269

高林博文社長が苦労するのは、使う梅の具合や

気温によって味が変化するので、それを全て

同じ味に調整するのが大変なのだとか。

熟練と長年の感覚があってこそ、なせる

業ですよね。

【後継者はいない?】

高林博文社長はご結婚されていて

ご家族もいるようです。

お子さんは息子さんがいるようなのですが、

息子さん達が中学生の頃、高林博文社長は

自分が小学校の6年までしか出ておらず、

こんな父親のようにならないよう、

決して後は継がせず、

「自分たちで道を切り拓け」

と教えてきたそうです。

しかし、もし梅ジャムをこの世から失くさずに

後継者を作るとするならば自分の子供以外の

誰かが現れれば、まだ可能性は残っている

ということですよね。

誰がそのうち、名乗り出る者が現れるの

でしょうか‥思いっきり他力本願ですね(笑)

最後に

いかがだったでしょうか?

昭和の懐かしい味と一時代を気づいた

文化ともいえる梅ジャムが無くなるのは

寂しいですが、それ以上に約70年もの間

たった一人で梅ジャムを作ってきた

高林博文社長に、本当に感謝を込めて伝えたい。

本当に今までありがとうございました!

これからはゆっくりと過ごされて下さいね。

今回も拙い文章&長文をお読み頂き、

ありがとうございました。コメントも随時

お受けしていますので、気軽に書いて下さいね。

運営者 ケチャンm(__)m

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