田名網敬一の天才が生む作品がヤバイ!なぜユニクロやアディダスとコラボした?【情熱大陸】

この記事では、

田名網敬一さんのチェックポイント!

 

1.田名網敬一さんの天才が生む
作品がヤバイ!

 

2.田名網敬一さんはなぜアディダスや
ユニクロとコラボした?

 

3.田名網敬一さんってどんな人?

 

4.まとめ

について紹介しています(^-^)

​こんにちは。ケチャンです(^-^)

サイトにお越しいただき、

ありがとうございます。

 

日本の天才アーティスト、

ポップアート界の巨匠である

田名網敬一(たなあみけいいち)さん

をご存知でしょうか?

その生み出す独特の世界観

配色は、多くの人の目をくぎ付けにする

ほどの存在感を放っています。

 

この記事では、そんな

田名網敬一さんについて、

なるべく分かりやすく紹介しています(^-^)

 

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目次

1.田名網敬一さん
天才が生む作品がヤバイ!

天才・田名網敬一さんの生み出す

作品のインパクトはものすごいです!

 

まずは

数々の作品をいくつかご紹介しますので

是非、ご覧ください。

 

 

 

 

 

https://www.google.co.jp/

 

画が下手でアートの才能もない

私ケチャンですが、

田名網敬一さんの作品から醸し出す

エネルギーのようなものを

とても強く感じますね。

 

田名網敬一さんの作品の多くは

赤や黄色といった原色の使用

人間が多く描かれているようです。

この理由については、

ご自身でもはっきりとはわからないそう

なのですが、きっかけとなる出来事

あるようです。

 

それについては本記事

3.田名網敬一さんってどんな人?

にてご紹介しますね(^-^)

 

★最新情報

2019年4月28日(日)  23時15分~

TBSの情熱大陸に田名網敬一さん

がご出演されますので、是非ご覧ください!

 

本サイトにも情熱大陸に過去出演された
方々の記事がありますので
お読み頂けると幸いですm(__)m

情熱大陸出演者まとめ!

 

2.田名網敬一さんはなぜ
アディダスや
ユニクロとコラボした?

出典元:https://www.google.co.jp/

 

2019年3月、

スポーツブランドのアディダス

田名網敬一さんがタッグを組み、

田名網敬一さんがデザインした

adicolor by Tanaamiコレクショングッズ

販売しています。

出典元:https://www.google.co.jp/

 

さらに、過去には

日本のクリエイター34人が

ユニクロとコラボした企画があり、

その際にも田名網敬一さん

手掛けられたユニクロTシャツも

販売されていたそうです。

出典元:https://www.google.co.jp/

なぜアディダスユニクロ
コラボをしたのか?

田名網敬一さん

ポップアーティストとして

1950年代から活躍されています。

しかし、それまでは

多くのブランドとのコラボをする、

というよりは、

個展や展覧会などで発表する

絵画や立体物といった作品の

創作活動が主でした。

 

では、なぜそんな田名網敬一さん

数々のブランドとコラボをするように

なったのか?

それにはこんな理由があるようです。

こちらは田名網敬一さん

あるインタビュー記事の抜粋です。

 

僕がこれまで手がけてきたのは、
基本的に展覧会に並ベるための
絵や立体でした。ようするに、
動くものではなかった。
洋服に絵が載るということは
当然動きも発生する。
今回の場合、光線の具合で
色味も変わるし、
置かれる場所によっても違って見える。
たとえば絵の場合は、
街中に並べることはまずないし、
展示するにはつねに場所的な問題が
つきまとう。絵が置かれる環境や、
洋服の動きのなかに作品が紛れ込む
という点で、日常的に自分が描いている
世界とはまったく別物になるんです。
実際に自分の絵のTシャツを
着ている人を街中で見かけると、
面白くてじっと見てしまいますよ

引用元:https://i-d.vice.com/

 

この

絵が置かれる環境や、洋服の動きのなかに

作品が紛れ込むという点で、日常的に

自分が描いている世界とは

まったく別物になる

 

という感性が凄いと思いました。

洋服に描かれた画は、

やはり平面で2次元的なものなのに、

人がそれを着て、動きが加わると

自分の描いた世界とは別の物となる。

 

この想像力と感性には驚かされました!

こういった考えがあるからこそ、

アートとは〇〇であること

などといった決まりに縛られず、

自分が面白い、興味深いと思ったことは

垣根を越えてドンドンやってみる。

そんな姿勢だからこそ、多くのブランドとの

コラボも果たされているわけですね(^-^)

 

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3.田名網敬一さんって
どんな人?

出典元:https://i-d.vice.com/

名前:田名網敬一(たなあみ けいいち)

 

生年月日:1936年7月21日

 

年齢82歳 ※2019年4月時点

 

出身地:東京都

 

職業:ポップアーティスト、
グラフィックデザイナー、映像作家
イラストレーター

主な経歴

1936年

服地問屋を営んでいた実家の

長男として誕生。

1945年(9歳)

東京大空襲を経験されています

 

小さい頃から絵を描くことが

好きだった田名網敬一さん

中学生の頃に、漫画家・原一司さんの

アトリエに出入りしていたそうです。

 

その後、大学には武蔵野美術大学へ進学

在学中はイラストレーションデザイン

団体主催の展覧会で特選を受賞

 

大学卒業後は広告代理店へ就職したが、

個人への、デザインに関する仕事のオファーが

殺到し、退職

 

初めてのアメリカ旅行で、

芸術家のアンディ・ウォーホル氏の

作品と出会い、大きな影響を受ける

 

1975年

月刊プレイボーイ」の

初代アートディレクターとなる

 

1991年

京都造形芸術大学の教授に就任する

作品の多くに原色人間
多く登場する理由は?

本記事1章の最後で触れました、

この理由についてですが、

田名網敬一さんは以下のように

述べられています。

 

僕は幼い頃に戦争を体験し、
死を身近に感じたことで、
生きることについて考えるように
なりました。
こうして年齢を重ね、死というものが
目前に迫ってくるにつれ、
戦争を経験した幼年期と重なります。
僕にとって死を感じることは
生とほぼイコールで、
死から生を考えなくてはいけなかった。
死を死としてそのまま描くことは
僕のやりたいことじゃないので、
僕自身が求めている死後のユートピア
みたいなものが、作品の思考や表現にも
現れていると思います。
引用元:https://i-d.vice.com/

 

また、Wikipediaには

このような出典がありました。

1945年、9歳の時に東京大空襲を経験する。
この時脳裏に焼き付いた数々の光景は、
田名網が後に描き出す作品の主要な
モチーフを占める事になる。
轟音を響かせるアメリカの爆撃機、
それを探すサーチライト、
爆撃機が投下する焼夷弾、
火の海と化した街、逃げ惑う群衆、
そして祖父の飼っていた
畸形の金魚が爆撃の光に乱反射した
水槽を泳ぐ姿である。

引用元:https://ja.wikipedia.org/

幼少期に経験んした戦争体験が

田名網敬一さんの心には

強く刻み込まれており、

生み出す作品の多くの根底には

この時の記憶だったり、それに伴う

生と死、死後の桃源郷といったものが

入り混じっているのでしょうね…

 

4.まとめ

いかがだったでしょうか?

今回は、日本の天才アーティストで

ポップアート界の巨匠である

田名網敬一(たなあみけいいち)さん

をご紹介してみました。

 

82歳という高齢になっても、

毎日、食事や睡眠以外の時間は

作品制作に費やしている、というほど

没頭しているそうです。

 

その溢れる才能をいつまでも発揮し、

世に素晴らしいアートを生み出し続けて

欲しいです(^-^)

 

今回も拙い文章&長文をお読み頂き、

ありがとうございました m(__)m

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